憧れのボストンマラソン完走記 ~伝統と熱狂を体感したラン旅~

期間:2026年04月18日~2026年04月23日
山田 様

GON-001871

世界で最も歴史が長く伝統のあるボストンマラソンは

ランナーにとっては一度は出てみたい憧れの大会である。第1回目は1世紀以上も前の1897年に開催され、今年(2026年)実に第130回目を迎えた。日本の歴史に照らしてみると第1回目が開催されれたのは、日清戦争(1894~95年)と日露戦争(1904~05年)の間ということになり、その歴史の長さに改めて驚かされるが、世界で最も歴史の長いマラソン大会が、日本やヨーロッパに比べて国としての歴史が圧倒的に短いアメリカにあるというのはなかなか面白いと言うか意外である。

ところで他のマラソン大会と比較し、ボストンマラソンの特徴として主に以下の2点が挙げられる。

その1:ボストンマラソンに出場するためには、一般的な抽選で出走権を確保するという方法ではなく、主催者が設定する性別・年代別(5歳刻み)の参加標準記録を突破していることが参加申し込み時の条件となっている(参加標準記録を満たしていないと申し込みできない)。更にスタート地点ホプキントンに設けられるランナー待機所として確保し得るスペースとの関係で、全ての標準記録突破申込者に出走権が付与される訳ではなく、例年参加標準記録よりも更に5分程度速いタイムを事実上の参加ボーダーラインとしてランナー数の足切り調整が行われる。従って標準記録スレスレで申し込んだランナーは出走権獲得結果が分かるまで気が気ではないらしい。なおこうした参加標準記録の設定のため総じて他の大会と比べてランナーのレベルはかなり高い。

その2:また我々のような一般市民ランナーには関係ないことだが、この歴史の長さが図らずもボストンマラソンで生まれる記録に影響を与えている。スタート地点のホプキントンはゴール地点のボストンよりも標高が140mほど高いが(当然途中には「心臓破りの坂」も含めた登り区間もある)、現在のマラソンコース規則では記録の公平性担保のためコースに一定の条件が課され、この条件を満たさないコースで生まれた記録は公認されない(現在の規則では片道コースの場合、①ゴール地点はスタート点から42.195m以上低くあってはならない。即ちコースの下り平均勾配は1/1000以下であること。②スタート地点とゴール地点の水平距離は21.0975㎞以内であること。が求められているが、ボストンのコースはこのいずれの条件にも合致しない)。ボストンマラソンはこの条件ができるよりも遥か前から実施されているため、後出しジャンケンのような条件のせいで世界記録を上回る記録が誕生しても残念ながら世界記録としては公認されず、あくまでも参考記録扱いになってしまう。

我々は、2024年にパーパスさん主催のベルリンマラソンツアーに参加し、この時の記録で個人的に参加申し込みを行い出走権を得ることができ、今回はパーパスさんに航空券やホテルの手配などをお願いした。よって通常の旅行会社主催のマラソンツアーとは異なり、現地空港送迎・コース下見・エクスポへの案内・当日のおにぎりサービス等は含まれず、現地ではすべて個人行動となった。

本番前の前々日(4月18日)夕刻に日本からの直行便でボストン到着。

前日(4月19日)にビブ受け取り・エキスポ、更にスタート地点ホプキントンへ行くバス乗り場を確認し、後は休養に努めた。

前日ボイルストン通りのゴールゲート付近にて。
前日ボイルストン通りのゴールゲート付近にて。

私のビブ。自分のビブは会場で受け取る前にネット上で確認できる。
私のビブ。自分のビブは会場で受け取る前にネット上で確認できる。

ビブ受け取り後コースマップ前にて。
ビブ受け取り後コースマップ前にて。

エクスポ会場の様子。
エクスポ会場の様子。

当日(4月20日)は上記バス乗り場集合時間が8時と指定されていたため、7時45分にホテル出発し徒歩にてボストンコモンとパブリックガーデンの間の集合場所へ向かう(手配して頂いたホテルは集合場所に近く助かりました)。ビブ確認後8時35分にバスに乗り込むことができた。このバスには全て地元のスクールバスが用いられ、あたかもボストン中のスクールバス全てが集められた感がある。

出発後約1時間でホプキントンのアスリート・ビレッジ(ランナー待機場所)に到着。トイレの数は十分にあり水の提供もあるが軽食の提供はない。ウェーブ順に呼び出しが掛るので、放送や掲示を良く見ておく必要がある。呼び出しが掛かってしばらくするとコーラル順にスタート地点へ向かう。私は第5ウェーブの第7コーラルであった。

第5ウェーブのスタート時間は11時01分であったが、4月20日とは言え気温は10℃を下回りじっとしていると寒い。なおスタート直前まで防寒着は着用していて良いが、スタート時に脱ぎ捨てることになるので、捨てても良いものを着ておく必要がある。

当日ホプキントンへのバス乗り場集合場所。ボストンコモンとパブリックガーデンの間の道。
当日ホプキントンへのバス乗り場集合場所。ボストンコモンとパブリックガーデンの間の道。

ホプキントンのアスリートビレッジ。
ホプキントンのアスリートビレッジ。

スタート前。私の第7コーラルは上り坂の途中で、登り切って下りになるとスタートライン。
スタート前。私の第7コーラルは上り坂の途中で、登り切って下りになるとスタートライン。

バス乗り場に待機するスクールバス。全てもう日本では見られないボンネットバス。
バス乗り場に待機するスクールバス。全てもう日本では見られないボンネットバス。

ホプキントンのアスリートビレッジ。
ホプキントンのアスリートビレッジ。

スタート前。「6」は一つ前の第6コーラルを示す。
スタート前。「6」は一つ前の第6コーラルを示す。

いよいよスタート時間となり

第1コーラルから順番にスタートラインを切り、いきなりかなりの下り坂から42.195kmが始まる(マイル表示のアメリカでは26.2マイルと言う方が一般的のようだ)。ニューヨークやベルリンのような市街地コースではなく、林の中を走っていくような感じだが、途中通過する街の中心部では応援の数も増える。更にコース横を通過する列車も警笛を鳴らして応援してくれる。給水所の数は多く、取り損ねても次の給水は直ぐなので心配はない。なお距離表示はマイルが基本で、キロメートル表示の併記も最初は確認できたが、そのうち気付かなくなった(本当になくなったのか、自分の見落としかは不明)。更に途中のウェルズレーにある女子大の前ではこの学校の女子大生による盛大かつ熱狂的な応援がある。下り坂が多いため脚の疲労を抑えるべくガンガン走ることは控えたが、中間点付近で左の太腿内側にかすかな違和感を感じ始め、まだ先に「心臓破りの坂」も控えているのに最後までもつか不安になる。

やがてニュートンに入り、いよいよ登り区間が始まる。3回の登りがあり、その最後が「心臓破りの坂」と呼ばれている。1回目の登りを終え、コースは右折し2回目の登りを過ぎる。まだまだ行けそうである。その後小さな登りがいくつかあり、何時「心臓破りの坂」を迎えるのか不安と一部期待を抱いていると「おめでとう。心臓破りは終わりです」という大きな看板を目にする。確かにこの看板の手前側はやや長い登りであったが、予想していた程傾斜はキツくなく、拍子抜けした。これだと普段練習で走っている自宅周辺にある坂道の方がよっぽどキツい。ここから残り約10㎞でコースは概ね下り坂となる。

ブルックラインに入り次第にボストンが近づいてくると沿道の応援の人数も増えてくる。ボストンに入りコモンウェルスアベニューの直線が続く。事前のYouTubeによるコースの予習では、コモンウェルスアベニューの終わりにアンダーパスがあり、これを過ぎると残り約1kmとなるはずだが、なかなかアンダーパスが現れない。幸いにして中間点付近から始まった左太腿の違和感も悪化することなく何とか持ちこたえている。見逃しかもしれないが、日本のマラソンでは必ずある「あと2km」とか「あと1km」の表示がない。終わりが見えてくれば元気も出るのにと思いつつ残り距離に不安を感じ始めると、ついにそのアンダーパスが見え急に元気になる。これを過ぎ右折、更に左折するとボイルストン通りの最後の直線に入り、彼方にフィニシュゲートが見える。

残りは約700m。ベルリンの最後も左折してウンターデンリンデンに入ると向こうにブランデンブルグ門が見えてゴール間近になるが、その情景がダブる。ボイルストン通り両側の応援はさすがに多い。ここまで来ると何とか最後の力をふり絞るだけである。伝統あるマラソン大会を完走できる満足感をひしひしと感じながらゴールに向かい、苦しいながらも笑みがこぼれる。心配された降雨もなくマラソンとしては非常に良い気象条件下で走ることができ満足であった。

結局脚も攣ったが、ゴール後何とか歩いてホテルまで戻る。
夕方からはボストン市庁舎横の「Post Race Party」に行った。参加には事前に$10の支払いが必要だが、「Party」とは言うものの内容は生バンドの演奏、有料の飲食等の出店があるだけで、無料で飲み食いできるようなものではない。但しここにボイルストン通りにある「Dick’s」という大型スポーツ用品店によるメダルへの名前と記録の刻印サービステントがあり、30分程並んで始めてメダルに刻印してもらった。またビブナンバーを見せると大型スクリーンに自分の成績が映り、写真撮影してくれるサービスもあって利用した。

ポストレースパーティー会場の様子。
ポストレースパーティー会場の様子。

成績が表示された大型スクリーン前で。妻はエイジグループ281人中見事1位。
成績が表示された大型スクリーン前で。妻はエイジグループ281人中見事1位。

成績が表示された大型スクリーン前で。私はエイジグループ284人中53位。
成績が表示された大型スクリーン前で。私はエイジグループ284人中53位。

なお一緒に走った妻がエイジグループで1位になったため賞が与えられるという連絡があり、翌日フェアモントホテルで素晴らしいガラスカップを頂いた。

その後ランナーは無料のプルデンシャルタワーの展望台へ登り、更に市内散策・土産の購入等で過ごした(ちなみにマラソン当日フェンウェーパークでMLBのレッドソックス対ヤンキースの試合があったがプレーボールは11時(マラソンのスタート時間と同じ)。翌日も同カードがナイトゲームであったが、夜間はかなり寒いので観戦は断念し、昼の球場ガイドツアーのみ参加)。

エイジグループ優勝者には翌日素晴らしい賞の授与がありました。私もついでに。
エイジグループ優勝者には翌日素晴らしい賞の授与がありました。私もついでに。

プルデンシャルタワーの展望台にて。妻。
プルデンシャルタワーの展望台にて。妻。

プルデンシャルタワーの展望台にて。私。
プルデンシャルタワーの展望台にて。私。

22日はチェックアウト後地下鉄を乗り継いで「Airport駅」まで行き、ここから無料シャトルバスで空港へ。帰国便も無事定刻で出発し帰路に着くことができ、トラブルもなくなかなか充実したボストンマラソン旅行でした。またいつか走りたいものです。

ツアープランナーからのコメント

この度は、臨場感あふれる大変素晴らしい旅行記をお寄せいただき、ありがとうございました。世界最古のマラソン大会・ボストンマラソンの歴史や特徴はもちろん、スタート当日の緊張感、“心臓破りの坂”を越えてゴールへ向かう様子まで、実際に走られたからこそ伝わるリアルな体験が丁寧に描かれており、私自身も非常に興味深く拝見しました。さらに奥様のエイジグループ優勝という快挙も本当におめでとうございます。ベルリン、ニューヨークに続き、今回のボストンでもご夫妻の素晴らしい挑戦のお手伝いができましたことを、大変嬉しく思っております。

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