『妖精の棲む国』 アイルランドの旅6日間

期間:2008年12月4日〜2008年12月9日
坂田 様

GON-000253

12月4日

「世界旅行博」で応募した抽選で運良くアイルランド旅行を射止めることができ、12月4日から9日まで4泊6日で行ってきました。

成田発KLM862便で午前11時55分に離陸し、アムステルダム経由でダブリン着。更に午後10時30分AER ARANN小型プロペラ機で、11時15分にやっとゴールウェイに到着。

ダブリンへの機内ではAA同様、国際線でも飲み物などは有料。
ダブリンへの機内ではAA同様、国際線でも飲み物などは有料。

12月5日はバレン高原へのツアー参加。
12月5日はバレン高原へのツアー参加。

12月5日

ゴールウェイでは予約済みのツアーに参加し、アーウィーの洞窟・モハーの断崖・巨人のテーブル・ダンゴーラ城とバレン高原を満喫。古城は12~4世紀頃の建築だが、観光地化していないので当時の姿を思い浮かべられる。

一方、観光地も良かったが、アイルランドの石で区切られた敷地を放牧された羊や牛が蒼い草を食む景観はすばらしい。

大西洋を望む荒涼とした石畳の海岸。
大西洋を望む荒涼とした石畳の海岸。

草の緑と石垣の家の調和が美しい。
草の緑と石垣の家の調和が美しい。

モハーの断崖

経験したことのない程の強風と寒さで痛かった!



ドメルン(自然石を積み重ねた古代の墓)

通称「巨人のテーブル」と呼ばれる。夕陽に映える姿は言葉で言い表せない。

ダンゴーラ城

中世の晩餐会が夜毎開かれたことで有名とか。

アーウィーの洞窟

秋芳洞に比べ規模は小さいが、逆に探検気分を味わえる。

ドメルン(巨人のテーブル)
ドメルン(巨人のテーブル)

アーウィーの洞窟
アーウィーの洞窟

ダンゴーラ城
ダンゴーラ城

12月6日

この日はダブリンへ憧れの列車の旅。

ダブリンのヒューストン駅まで3時間。時間を調整して午前中はゴールウェイの町散策。通りにはモミの木が売られ、クリスマスが近い事を感じさせる。聖ニコラス教会の下では土曜恒例の市が立っていた。

市街入り口:スペインアーチ近くの色とりどりの家並み。モミの木が並んでいた。
市街入り口:スペインアーチ近くの色とりどりの家並み。モミの木が並んでいた。

繁華街:朝早いので人は少ない。いかにもヨーロッパ風。
繁華街:朝早いので人は少ない。いかにもヨーロッパ風。

列車:ダブリンのヒューストン駅まで3時間の旅。
列車:ダブリンのヒューストン駅まで3時間の旅。

土曜市:聖ニコラス教会と土曜市
土曜市:聖ニコラス教会と土曜市

ワンちゃんも寒い?:街角でジーンズを着たワンちゃんも。
ワンちゃんも寒い?:街角でジーンズを着たワンちゃんも。

車窓から:沈む夕陽のすばらしさにシャッターを切った。
車窓から:沈む夕陽のすばらしさにシャッターを切った。

12月7日

ダブリンは以前10日ほど滞在したので、今回はDARTでコノリー駅から北アイルランド・ベルファストへ。北アイルランド紛争の中心地であったとともに、映画で有名なタイタニックを造った造船の町でもある。

DUNDALKを過ぎるとイギリス領に入るがチケットのチェックはあったがパスポートなどの提示はまったく無し。携帯局もイギリスの局へ。到着すると外は体感では完全に零下の中、滞在時間4時間を有効活用すべくツアーオープンパスを利用。

コノリー駅DART:公共の案内板等は英語とゲール語の併記が義務。
コノリー駅DART:公共の案内板等は英語とゲール語の併記が義務。

市庁舎:1906年建築、周りには10の銅像が並ぶ。市の中心地。
市庁舎:1906年建築、周りには10の銅像が並ぶ。市の中心地。

政治的な壁画

映画などで北アイルランド紛争当時が紹介される象徴的な壁画。ここは西ベルファストにあり、土地慣れていないと行きにくい場所。





Titanic's Dock and Pump House:ベルファストは造船が盛んだ。タイタニックの妹号にもツアーで乗れる。
Titanic's Dock and Pump House:ベルファストは造船が盛んだ。タイタニックの妹号にもツアーで乗れる。

SamsonとGoliathの大クレーン:タイタニックk号を造船したH&W社のクレーンは市内どこからでも見られる。
SamsonとGoliathの大クレーン:タイタニックk号を造船したH&W社のクレーンは市内どこからでも見られる。

TITANIC

タイタニックはこのドックで建造され1912年4月15日アメリカに向けて航海中、氷山に衝突し沈没した。

町中の家の壁には建造当時の造船や航海中の姿など描かれ、市庁舎の横には遭難で倒れた人々の上に冠をかざす女神の遭難記念碑もある。タイタニック関係のツアーは人気があり、現地タウン誌「what about」に紹介されている。


タイタニック遭難記念碑:市庁舎のすぐ傍の観覧車の足が邪魔をして残念。
タイタニック遭難記念碑:市庁舎のすぐ傍の観覧車の足が邪魔をして残念。


Stormont 国会議事堂

広大な敷地と厳重な入門チェックでした。



St.George Market:歴史ある建物で中ではクリスマス前の賑わいを見せていた。手作りのSWEETSが美味しかった。
St.George Market:歴史ある建物で中ではクリスマス前の賑わいを見せていた。手作りのSWEETSが美味しかった。

テーブル付座席でゆったりと快適な旅
テーブル付座席でゆったりと快適な旅

有名なTEMPLE BAR
有名なTEMPLE BAR

ベルファスト駅Dart Enter Prize号
ベルファスト駅Dart Enter Prize号

ダブリン市内オコンネル通り夜景
ダブリン市内オコンネル通り夜景

ダブリン市内:早朝のオコンネル通り

リフィー川に架かるオコンネル橋から望むオコンネル像・光の尖塔「スパー」・左手には1916年イースター蜂起に義勇軍の司令部だった中央郵便局、その他歴史ある建物が並んでいる。従ってアイルランドの歴史をかじって訪れれば、ほんとうに興味が尽きないアイルランドである。

他にもたくさん見所があるが前回ほぼ踏破していたので今回はパス。


12月8日

いよいよ帰国の日。

感傷に浸っている間もなく朝が訪れ、8時過ぎのエアリンクバスで30分ほどのダブリン空港へ直行。11時30分発エアリンガス航空に乗り、アムステルダムー成田と9日ほぼ予定の時刻に到着。無事に旅行を終えることができた。

*まとめ*

急ぎ足のアイルランドの旅ではあったがうまい具合に天候も良く、今回西と北を訪れることができた。行き先を変更してしまったが、結果的には非常に満足いくものであった。従って、当初予定したニューグレンジとタラの丘の遺跡、ボイン川の古戦場跡、モナスターボイスのハイクロスやキルケニー城は又の機会の楽しみにとっておこう。

個別にはアイリッシュ朝食で豚の血を固めたソーセージも経験できたし、夕食ではアイリッシュの素材とフランスやイタリアの料理法を組み合わせた創作料理にも舌鼓を打てた。前回は本場のリバーダンスも見れたが、今回は残念ながら時間切れ。アイリッシュ音楽も日本に帰ってから是非コンサートに出かけることにしたい。CDはしっかり現地でゲット。

アイルランドが持つ特徴の一つに気候の急激な変化があるが、今回も当然のことのようにその歓迎を受けた。しかしその雨と晴れの急激な変化が、お互いに重なり合う時間を使って天空に織り成す虹の美しさは素晴らしい。写真は添付していないが、あの「巨人のテーブル」で見た青の空間に彩られた虹は、まさに今と昔をつなぐ架け橋。ケルトの昔にもきっと見せていただろう。バレン高原の一面、あの絨毯のように蒼い緑も特有の気候の恩恵を受けた結果だ。それがまた訪れたい気持ちを誘う。

*旅行会社「PURPOSE JAPAN」さんへ*

伊藤さんをはじめ、御社のご担当の皆様には弊旅行に際しましては、いろいろお骨折りして頂き感謝申し上げます。旅行を堪能できたことを非常にうれしく思います。どうもありがとうございました。

下記の4枚の写真は6月に訪れた時の写真です。もう一回行きたかったのですが今回は北アイルランドを優先しました。観光は勿論、歴史・文学・音楽も非常に楽しめるアイルランドです。

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