ポルトガル 世界遺産と小さな街を巡る旅12日間
アレンテージョ地方を訪ねて

期間:2016年10月12日~2016年10月23日
髙田清輝・真弓様 ご夫妻

GON-001142

わが国の歴史を考えるとき、この国抜きで考えることはできない。

所以、わが国におけるこの国の認知度は高く、歴史をかじったことのある若年層においても、この国の名前を知らない者は少ないであろう。「ポルトガル」この響きを耳にすると、戦国期のわが国の情景が鮮やかに脳裏に浮かびあがり、「異国」にいざなわれ、どこか郷愁に似た感覚が想起される。

世界史におけるこの国は、大航海時代の扉を開き、その結果、富の偏りを生んだ帝国主義の象徴のような国家かもしれないが、わが国にとっては、南蛮文化をもたらし、日本文化に貴重な一石を投じた国ではないだろうか。もっとも、かの国の植民地化のスキームを鑑みると、カトリックを浸透させ、ついにはわが国を植民地化する腹積もりだったのかもしれないが、禁教令、鎖国により、この国とのかかわりは希薄になっていく。

「ポルトガル」と言うだけあって、この国は良港が多い。

代表的な港湾都市はリスボンとポルトであり、どちらも河口に面した土地のため、河川の浸食により坂が多い。私たちはポルトから入国し、その後、南下しリスボンに至る旅程をパーパスに企画して頂いた。

ポルトの空港からメトロに乗り、街の中心部に向かったのだが、券売機がポルトガル語の表記しかなく、買い方の分からない旅行者で長い列ができていた。街の中心にあるメトロのサンベント駅からドウロ川に面したホテルに向かって、私たちは曲がりくねった急で長い坂道を下っていった。その坂道は数百年前に建てられた建造物に囲まれており、そこを歩いていると、私は「外国」ではなく、「異国」に来た気分になった。そんな気分を励起させたのは、イスラム調と西欧調が融合した建造物群である。特にイスラム調の装飾が、私の思う「異国」の雰囲気に合致していた。この国はイスラムに数百年の間支配されていた歴史を持ち、その記憶を建造物のあちらこちらにとどめている。

私の感覚ではあるが、宗教や文化を押し付けられた被支配国の感情として、支配されていた記憶は消し去りたいものだと思うが、この国の人たちはふところが広いのか、もっとも生活に密着した住居に、イスラムの記憶を残している。大航海時代、航海技術の基礎がイスラムからもたらされたことも考えあわせると、この国の人たちは他の文化や技術の受け入れに寛容であるのかもしれない。

ドウロ川沿いのホテルは素晴らしく、このホテルを予約してくださったパーパスに大変感謝している。このホテルだけでなく、今回の旅で宿泊したホテルはどこも素晴らしく、パーパスのリサーチ力の恩恵に大いにあずかった。

ポルト
ポルト

ポルト

ポルト

ポルトからコインブラへは列車で移動し、そこからパーパスが手配した車で各所を巡りながらリスボンを目指した。運転手の黒人は陽気で、細い道での運転技術には目を見張るものがあった。この運転手には当初から妙な親近感を抱いていた。

運転手の先祖はひょっとすると、ポルトガルが領有していたアフリカのどこかの植民地から来たのかもしれない、などと想像すると、大航海時代にこの国と関係のあったわが国に生まれた私にとって、親近感を覚えたことはごく自然なことであったのかもしれない。

運転手と
運転手と

モンサラーシュという、スペインとの国境に近い城壁に囲まれた小高い丘の小さな町は、今回の旅で私がもっとも気に入った場所である。ここにどうしても行きたいとパーパスに希望を出した妻の目に狂いはなかった。と同時に感謝している。1時間もあればこの町のすべての道を歩くことができるかもしれないが、中世から残るその町並みと眼下に広がる牧歌的な風景をじっくり楽しみながら歩けば、半日を要するかもしれない。

町のはずれに小さいながらも重厚な石造りの古格ただよう闘牛場があり、わずかな観光客がそこに集まり夕日を眺めていた。観光客同士の会話に耳をそばだてると、その昔、この近くでスペインとの戦があったそうで、この美しい小さな町の血なまぐさい歴史は意外であった。バターリャという、「戦い」という言葉がそのまま地名になった町もあるように、この国にとってスペインとの戦いの歴史は根深いようだ。小さなイベリア半島でいがみあったふたつの国が、大航海時代、世界を舞台にいがみあったことを考えると、歴史の妙味とはまさにこのことを言うのかもしれない。

モンサラーシュ
モンサラーシュ

モンサラーシュ

モンサラーシュ

モンサラーシュ

モンサラーシュ

ポルトガルの料理はどれも美味しく、この国に住んでもいいと思うほど、食に困ることはなかった。昼の食事どきに閑古鳥が鳴く店でも、驚くほど美味しく、そして驚くほど安く食事を楽しむことができた。

魚料理が豊富なことから、日本との食文化の類似性を垣間見ることができたが、なにより日本的と感じたのがビールであった。特に、ポルトガルにおけるビールの販売シェア40%を占める「スーパーボック」はすっきりとした味わいで、食事によくあう。悪く言えば味気のないビールであるが、日本の大手ビールメーカーが醸すビールから、苦味を引いた味であり、食中酒として最上の一品であると私は感じた。

また、日本のビールに比べると半値ぐらいであるため、日本で輸入販売すれば、その味と価格である程度のヒットを飛ばすと確信している。

ポルトガル料理
ポルトガル料理

ポルトガル料理

スーパーボック
スーパーボック

ポルトガル料理

魚

良い旅というものは、帰ってきてからまた行きたいと感じることだと思う。

夕暮れで赤く染まったモンサラーシュの城壁を眺めながら、カウベルの音に耳を傾けたあの瞬間が、今はとてもいとおしい。

ツアープランナーからのコメント

旅のエッセイのようで、楽しく拝読させていただきました。真っ赤に染まったモンサラーシュの町とカウベルの音が調和した情景が、目に浮かぶようです。
ご利用いただき、ありがとうございました。

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