登山を楽しむポーランド、スロヴァキア、フィンランド19日間

期間:2025年09月08日~2025年09月26日
M.T. 様

GON-001849

9月8日~9日

21時過ぎ昨年に続きAY062便でポーランド・ザコパネへ向け羽田を出発。満席も通路側指定、夜行便の辛さも何とか克服しヘルシンキ着。約3時間後、AY1161便で約2時間のフライトでクラクフへ。

クラクフ空港からは予約したタクシーで直接ザコパネへ向かう。途中は曇り視界が効かず、長旅の疲れもあって気分が優れない。

到着したザコパネは天候が回復し、宿泊ホテルのクジニツェ周辺は登山者、ハイカー、家族連れ観光客で賑わっていた。

午前10時頃到着、ホテルチェックイン3時と言うことで周辺を歩く。

9月10日

今年に入り10日間の入院を2度繰り返す等、4月半ばまで病気続きであった。5月末ブルネイ、シンガポールの低山を3つ程歩き、7,8月と毎日6~10km歩きトレーニングを重ねてきた。

昨年タトラ山脈のカスプロヴイ山(1987m)、ベスキド山(2013m)を、登山ガイドのDanutaさんの案内で登った。今回はそのタトラ山脈の隣国、スロヴァキア側の山の登山をメインに旅の計画を考えた。病後本格的な登山をしてなく、81歳になる体力低下も感じ旅に耐えられるか不であった。その為に日程に休養・予備日を組み込んだ。この日はその休養日である。

朝起きたら意外に体調が良い。天気も良いので少し山を歩いて見ようと思った。山でも調子良く、去年車で送って貰ったSironisko山小屋に合流する手前まで往復することが出来た。

今年の登山の標高差は350mが最大であった。この日は標高差700m、12.8km歩き少々自信が涌いてきた。

ザコパネ指道標
ザコパネ指道標

ザコパネ登山
ザコパネ登山

9月11日~12日

Hotelまで車で来るには市の許可がいる。前日時点では許可を得ていなかった。心配して待機してたが、九時過ぎガイド・Danutaさんがホテルまで車で来た。スロヴァキアでの登山、食糧、九日間の衣類等をスポーツバック入れ、登山ザックと共にトランクに運び入れた。スロヴァキア以外のものはスーツケースに入れ、戻って来た時再び宿泊するこのホテルに預けた。天気予報通り小雨、彼女とは1年ぶりの再開である。

約1時間でMorskie池へのトレッキング出発点の駐車場(去年間違って私が連れてこられた地点)着。ここは満杯で彼女は私を置いて別の駐車場に車を置きに行った。その間は私は雨具をつけ、登山の身支度をした。 携帯が無いことに気づく(今回の旅*失態1)。ホテルに忘れたか、車のトランクか?ホテルならば早く確かめねばならぬ。40分後に戻ってきた彼女は再び私の携帯を確かめに再び車に向かった。1往復半して戻ってきた彼女の手には私の携帯がありホッとした。出発早々迷惑をかけ私は落ち込んだ。

小雨の中舗装道路を約二時間歩き、Dolina P1oztokikから沢沿いの道を約2時間歩く。石畳の急登になると上部に大きな滝がり、その脇の危険な岩場を超えると平坦地に出た。約10分後に宿泊地の山小屋Piecu Stawow(標高1672m)に着く。8人部屋。シャワーがあり、夕、朝食とも食堂で注文してとる。

翌日天気は回復、体調も予想外に良く午前中WysonieSonisiko(手前1737m)まで約3時間ハイキング。山小屋に戻り290mの登りで峠(1860m、下に宿泊した小屋、大池、小池が見下ろせ、背景の岩山が素晴らしい眺め)を越えて、Morskie池への550mの下りに入る。途中で小雨になり、大きな一枚岩でスリップ。足腰の弱りを感じ無理せず膝をつき前のめりに倒れた。その結果ズボンの膝に穴を空けたが怪我をせずに済んだ。以後その精神的なショックで下りが不安定になる。

私の先を後ろ向きに下るDanutaさんから、足場のアドバイスを受けてゆっくりと下る。「倒れる時は後ろでなく、前向きに倒れ私に抱きついて」と言われた。私にもプライドがある。転倒を避ける為に慎重に下る。残念ながら?その機会はなかった。雨が大降りになり、危険を避け少し長い休憩をとる。その間彼女は電話をし、雨が上がって登山者が通り過ぎても動き出さない。男性が下から上がってきて、彼が私の横に並び転倒に備えて下りだした。彼は救急のバッジをつけていた。登山口にいる彼女の仲間に電話してきて貰ったとのこと。

長い休憩中に私の体調は回復し、、歩き出して間もなく介助の心配が無くなった。二人は話しながら私の先を行く。約1時間後には自力で登山口に辿り着いた。ザコパネに戻る彼の車に同乗し、彼女が車を置いた駐車場まで戻る。この日から19日にチェックアウトするまで荷物を置き、宿泊する民宿を探し当てた時は20時になっていた。

Morskie池山小屋
Morskie池山小屋

1700m
1700m

ハイキング
ハイキング

峠から宿泊地を見下ろす
峠から宿泊地を見下ろす

9月13日

予定は休養・予備日である。天気は良くタトラ山脈の麓DolinaMoncova渓谷を散策。

その後ポーランドとスロヴァキア国境に沿って流れるDounajel川を2時間半かけて筏で下るツアーに参加。川の側の王冠の形をした岩山、川幅の広い穏やかな川、所々の急流等が印象に残る。筏を降りバスで駐車場に戻る。民宿に到着したのは21時過ぎであった。

川下り船頭
川下り船頭

川下り
川下り

9月14日

予定では標高差1000mを一泊二日で28kmを歩く計画の日である。眺望の良いコースだが天気予報が雨であること、私に2日間の休養日を入れた方が良いと彼女は判断し山小屋の予約を変更した。

この日はDobŝina Caveの観光に向かった。駐車場から雨の中ジグザグのコースを登り、氷の残る洞窟に入る。ポーランド語、スロヴァキア語と交互に時間を置いて人数制限されての入場。料金を払わないと洞窟内の撮影は出来ない。通路は金属製の階段、鍾乳石は多く無いが、氷が少なくなっているとは言え沢山あり寒かった。

帰りにスロヴァキアで寄った唯一の都市、観光地らしいPopradでランチ。日曜日だが街には人影が無い。Popradは4つの村が合併したと言う。その中心部から少し離れたSpsikaSobataに行く。昔の面影が残っていたが、観光客は殆どいなかった。

Poprad
Poprad

9月15日

やや肌寒いが天気予報通り快晴。私の為に駐車場より100m近く標高の高い地点に車を止め歩き出す。やがて標高890mの標識があった。道は樹林帯の中、土を踏みしめて気持ちが良い。やがて人々が沢山いるCataPlesnivec(1290m)の山小屋に着き休憩。ここから本格的な登りになる。300m近く登り休憩。もう少し登りたいと思ったが、やがて緩やかな下りになり、Dolina Bielyeh Plis(1610m)に着く。Danutaさんはガイド仲間など顔見知りの人達と話し込んでいる。その中で私に興味を持った人が話しかけてくる。

ここから岩山、平野の素晴らしい眺め、池や茅の原の様な植物群も観られる。石畳の道を下ると待望の宿舎Chatapri elenom Pleasに到着した。小屋前にはおとなしい大きな白い犬が三匹いた。

夜中トイレに行ったら、男性用便器の底の水の中に黒いスマホが3台つかっていた。誰かのいたずらか?ロビーの充電場所はスマホで鈴なりであった。そこから自分達の充電の為引き抜いて、ここに捨てたのか?とも思った。外国人も沢山来ているから、このようなことをする人もいるのかと思った。

山小屋は日本の小屋のイメージよりは遙かに立派、登山者のためのおもてなしを考えて作られていると感じた。登山道の整備、家族連れ等様々な人がパーテイを組んで山に入る。そこで人々との交流、山を楽しむヨーロッパのアルピニズムの伝統を感じた。

翌日は小糠雨が時折降る天候。出発時小屋前の池の畔でアラスカから来たと言う男性と写真に収まる。彼は私の名前をスマホのメモ帳にローマ字で打ち込んでいた。

この日は標高差650mの下り一方のコースである。出発して2時間くらいしてから歩行に辛さを感じ、ペースが落ちた。昨日標高差1000mを上り、15km歩いた疲れか?Danutaさんに水、食料を背負ってもらう。下山口に着くとDanutaさんは車を取りに走って行った。約40分で帰ってくる。一旦民宿に戻り、Zidarのレストランに夕食を食べに行った。

登山休憩小屋
登山休憩小屋

小屋前にいた白い大きな犬
小屋前にいた白い大きな犬

草原
草原

スロヴァキアZidar風景
スロヴァキアZidar風景

9月17日~18日

スロヴァキアの登山の最後、一泊二日での山旅。最初の日はPororadskiのSymbolicへのハイキング。二日目はRysy山途中のKotlir Zabich Pliesへの往復登山の日である。

Popraddske Pleso駅駐車場で、今晩泊まるHorsky Hotel Popradske Plesoの送迎車を待つ。昼頃ホテル(標高1494m)に着き昼食。ここでDanutaさんの先輩ガイドの一行(客はロシア、フランス、ポーランド人の老人男女5人)と同じテーブルを囲み歓談。彼らは日本人の老人に興味を持った様で、写真を撮ったり話しかけてくる。その後小雨模様であったが、山岳民族の象徴的墓地へのハイキングに行く。

この日は私の最も親しかった山仲間H氏の命日であった。昨年カスプロヴィ登山を終えその後チェコに行った。丁度1年前の9月17日プラハから彼にラインで、カスプロヴイ山頂上でのDanutaさんとの写真を送信した。しかし返信が無く、帰国してからこの日に熱中症で亡くなっていたことを知った。墓地には無人の教会があり、この山域で亡くなった岳人のレリーフがあちこちの岩に埋め込まれていた。彼の命日のこの日彼の冥福を祈り、Danutaさんと共に手を合わせてきた。

翌日出発前食堂にDanutaさんが現れない。前日夕方から風邪気味で夕食では食事が少なめであった。私の世話で疲労が重なったかと責任を感じた。心配して彼女の部屋と食堂を行き来しているうちに、民宿の部屋のキーを入れたジャンパーを部屋に置き忘れた様だ(*失態2、民宿に帰り着くまで気づかなかった。今までの海外旅行で最大の失態!)。

彼女は朝食後元気を取り戻し、予定通り登山に出かけた。私は登りは調子よく、下山を心配しつつも快適に登った。予定地点の岩場で昼食にする。彼女は三回の登山中の昼食時、クーラーパックから冷えたトマト、リンゴ、キュウリを取り出し食べさせてくれた。それらはフィアンセの親の果樹園で採れたものだと言う。重いもを背負う彼女の馬力に驚き、感謝しつつ美味しくいただいいた。岩の多い道の脇には至る所に木イチゴ、ブルーベリーがあった。足の遅い私が遅れてくる間、Danutaさんは藪に入りそれらを採り私にくれた。私の掌は紫色の染まった。

無事下山し、4時のホテルの送迎バスでDanutaさんの車を置いた駐車場に戻る。ロープウエイを利用しての登山が日程にはあった。ロープウエイ故障の為それはキャンセルになった。その乗り場を見ておこうと車で谷を越える。

非常に寒く早々に民宿に戻る。民宿で鍵忘れに気づき、ホテルに電話する。ホテルの客を送る最終の車が来る時間に合わせ、Danutaさんが駐車場との間を約2時間近くかけて往復し鍵を受け取ってくれた。

山岳教会
山岳教会

Rys山登山
Rys山登山

Danutaさんと
Danutaさんと

9月19日

民宿のおばさん(夜は麓の自宅に帰っている)と建物の前で写真撮影し、8日間根拠にした宿を後にする。滞在したスロヴァキアは1000m台の高地。観光期以外は定住の人は殆どいないという。静かな所で眺めは良いが寒かった。山々は紅葉にやや早かったが、秋の気配のヨーロッパを感じ良い時期に来たと思った。

ポーランドに戻り、ユネスコ文化遺産に登録されているプロテスタントの木の教会を観る。墓地はどの墓にも花が備えられていて華やかであった。こちらの人は常に先祖への敬いを欠かさないと言う。

去年土産で好評だったオスツィペクチーズの生産場に行く。ザコパネから40kmのポーランド南部、タトラ山脈麓の高地にある。羊の乳のチーズ、添加物の無い健康食である。

夜ザコパネに着き夕食後、ホテルでクラクフに戻るDanutaさんと別れる。土産に頂いた5冊の地図は私にとって何よりも嬉しい宝物であった。

スロヴァキア民宿
スロヴァキア民宿

手作りチーズ製造道具
手作りチーズ製造道具

9月20日

休養予備日。天気も良く体調も良かったので、10時半頃山支度をしてホテルを出る。
Danutaさんから薦めれたコース、Giewnt山の1610mまで登り引き返す。去年、今年と合わせて十日滞在したザコパネ、この地に馴染み印象深い地となった。

9月21日

約束時間より早く来たタクシーでクラクフに向かう。混雑を避けるため初めての裏道を通る。
クラクフ到着後駅前のホテルから観光客で賑わう旧市街中心部広場を往復する。観光客はコロナ前に戻ったと言うクラクフは暑かった。

9月22日

ホテルからタクシーで空港へ。空港ではセキュリティーに入るまでの長い列に苛立つ。ヘルシンキ到着ゲートで私の名前を書いたボードを持つドライバーと合流。黒塗り向かい合わせ6人乗りの高級車。

約30分で中央駅前ホテル着。チェックイン時カード提示を求められる。提示だけで無く50€と言われた後、カード暗証番号を入力させられた。宿泊税、Tax?サウナ入浴料?と思ったがそれにしても高い。翌日確かめよう。ヘルシンキは羽田への乗り継ぎ地であるが、私の体調を考え休養を兼ねた3泊にした。

夕方目の前の中央駅に行き、明日参加するツアーの集合場所「両替所」を確認した。21時頃「空港で待っているが何処にいるか?」と言うSMSメッセージが入った。送迎を受け午後3時頃にはチェックインしたのに人違いか?今頃何???。

ホテルは駅前、シャワーで無く湯船があったのが嬉しかった。

9月23日

前述したようにヘルシンキは休養目的の滞在で、この日の半日「フォレストツアー」以外はフリーにした。

集合時間近くなってもそれらしい人はいない。やや不安になったが、時間丁度にザックを背負い手提げの荷物を持った小柄な日本人女性が現われた。彼女が本日のガイドNさん、フインランドに5年滞在してると言う。日本人の観光客はコロナ前に戻ったと言うが、本日の参加者は私一人、ラッキー!

約30分バスで移動。森林の中の平坦なやや下りの道を歩く。針葉樹林が主な森林、植物は色づいて無く秋の気配が無い。むしろスロヴァキア同様、長袖、ジャンパーを著るぐらい寒い。ヤッケを着込み話をしながらゆっくりと歩く。

彼女はキノコ採りが好きで、しょっちゅうこの森に来ると言う。歩いていてあちこちでキノコをみつけていた。コースの途中に薪割り用の刃、焚きストーブになる炉、ベンチ、それらが屋根で覆われている建物があった。少し離れた所にストーブに焼べる丸太が積んであった。Nさんはそこから丸太を運んできて、刄の上に置き側にあった木槌を振り下ろして薪割りをした。その薪を持ってきた新聞紙、ダンボールの上に置き火をおこす。薪が燃え出すと串刺しにしたソーセージ、採ってきたキノコを火で炙る。それらを頂いて昼食をとる。

ツアー終了後Nさんはホテルまで一緒に来てくれ、カードの件を聞いてくれた。暗証番号を入れたのは本人確認のためらしく、既に返金されているはずだと言う。それ以後カード使用の履歴を点検しているが、引き落とし・返金の履歴はない。

Finland
Finland

9月24日

一日フリーの日、駅から海へ向かって散歩する。途中の学校の校庭は、小学生から高校生までの年代の子供があちこちで遊んでいた。行きも帰りも賑やかに遊んでいる。一体いつ勉強するのか?

9月25日~26日

11:30頃チェックアウト、送迎車が来るまでロビーで待機。15時前に黒塗り4人がけの高級車が来る。空港では自動チェックイン機で航空券の発券、荷物タグを印字しスーツケースを預けセキュリティに向かう。出発時刻が1時間半遅れ、搭乗口変更に気づかず慌てた。

現地時間20:00発、羽田翌26日15:00着。飛行機の中で疲れの為か腹具合が限界に達し辛かった。

夜19:00仙台着。今回は今までに無く疲れが取れず体力低下を感じた。でも今の体調で出来ることをやってきた満足感がある。

ツアープランナーからのコメント

今年の始めはまだ体調が優れず、休養の年と考えていたにも関わらず、驚異的な回復とトレーニングで見事成し遂げましたね! いつもその頑張りに勇気づけられております。今回もガイドのダヌタさんの献身的な対応に感動しました。少々ハプニングもありましたが、ステキな旅行となり、本当によかったです。

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